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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)717号 判決

原告

富士火災海上保険株式会社

ほか一名

被告

有光忠昭

主文

一  被告は、原告富士火災海上保険株式会社に対し、金八〇万三九七五円及びうち金七二万三九七五円に対する昭和五七年七月三〇日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告松内正に対し、金四五万五七五〇円及びうち金四〇万五七五〇円に対する昭和五七年六月二〇日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一  原告ら代理人は、「(一)被告は、原告富士火災海上保険株式会社に対し、金八九万二二四〇円及びうち金七七万二二四〇円に対する昭和五七年七月三〇日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告松内正に対し、金五一万二八〇〇円及びうち金四三万二八〇〇円に対する同年六月二〇日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

1  事故の発生

(一)  日時 昭和五七年五月二五日午前七時四五分ころ

(二)  場所 大阪市生野区小路東五丁目八番一六号先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三)  加害車 普通貨物自動車(和泉四〇こ一四六一号。以下「被告車」という。)

右運転者 被告

(四)  被害車 普通貨物自動車(大阪四六そ五一四号。以下「原告車」という。)

右運転者 原告松内正(以下「原告松内」という。)

(五)  態様 被告は、被告車を運転して南から北への一方通行路を進行してきて本件交差点にさしかかり、停止線(一旦停止標識)を超えて同交差点に進入しようとしたところ、折柄東から西へ優先路を進行してきて同交差点を通過しようとしている原告車を認め、被告は同停止線を超えた位置に被告車を停止させたものの制動操作を誤り、原告車が同交差点中央を通り過ぎた頃に被告車を急発進させ、よつて、原告車左後部に被告車左前部を衝突させて原告車左後部を損傷させるとともに、その衝撃で原告車をして進路(西方向)より左側に暴走させ、同車左前部を同交差点西側角に存する訴外森田ポンプ株式会社(以下「訴外会社」という。)所有の事業用建物(以下「被害建物」という。)に衝突させて、同建物を破損した(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因(民法七〇九条)

被告は、一旦停止の標識に従つて停止線手前で一旦停止し、停止中は運転装置を正確に操作して前方を通過する車両との衝突を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、停止線を超えた位置に停止し、原告車の通過を待機したものの、制動操作を誤つて被告車を急発進させた過失により、本件事故を惹起した。

3  損害

(一)  訴外会社の損害

訴外会社は、被害建物を所有していたところ、本件事故により同建物は破損し、その復旧に九六万五三〇〇円の修理費を要したので、訴外会社は同額の建物修理費の損害を被つた。

(二)  原告松内の損害

(1) 原告車修理費 四九万一〇〇〇円

原告松内は、原告車を所有していたところ、本件事故により同車が破損したため、同原告はその修理費四九万一〇〇〇円の負担を余儀なくされ、同額の損害を被つた。

(2) 代車料 五万円

原告松内は、原告車の修理期間中、代車を賃借して代車料五万円の支出を余儀なくされ、同額の損害を被つた。

4  過失割合

訴外会社に対する損害に関し、被告は、前記事故態様に照らし、少なくとも八割を下らない帰責割合を負うべきである。

5  原告会社による損害填補

(一)  原告松内は、原告車に関し、原告富士火災海上保険株式会社(以下「原告会社」という。)と自動車保険契約を締結していたところ、原告会社は、訴外会社に対し、昭和五七年七月二九日、右保険契約に基づき、本件事故による訴外会社の前記3の(一)記載の損害金九六万五三〇〇円を支払つた。

(二)  よつて、原告会社は、商法六六二条に基づき、訴外会社が被告に対して有する本件事故に基づく損害賠償請求権を、右支払額を限度として代位取得した。

6  弁護士費用

被告は、原告らの再三の請求にも拘らず話し合いに応じなかつたため、原告らは本訴提起を余儀なくされ、弁護士費用として、原告会社は一二万円、原告松内は八万円の支払を負担し、それぞれ同額の損害を受けた。

7  よつて、本件損害賠償として、原告会社は、被告に対し、八九万二二四〇円及び弁護士費用を除く七七万二二四〇円に対する保険金支払日の翌日である昭和五七年七月三〇日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告松内は、被告に対し、五一万二八〇〇円及び弁護士費用を除く四三万二八〇〇円に対する本件事故の日の後である昭和五七年六月二〇日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、各支払を求める。

二  被告は、公示送達の方法による適式の呼出しを受けたが、本件各口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しない。

三  原告ら代理人は、甲第一号証、第二号証の一、二、第三ないし第六号証、第七号証の一、二、第八号証並びに検甲第一ないし第六号証(ただし、検甲第一、第二号証は、本件事故の現場付近の、同第三、第四号証は、破損した被害建物の各写真で、いずれも金子道夫が昭和五七年六月四日撮影したものであり、同第五、第六号証は、原告車の破損部分の各写真で、いずれも原告松内が同年五月二六日撮影したものである。)を提出し、証人岡野泰の証言並びに原告本人尋問の結果を援用した。

理由

一  事故の発生について

その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第八号証(ただし、後記措信しない部分を除く。)、原告松内本人の尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第一号証、第六号証、右尋問の結果により原告らの主張のとおりの写真であることを認める検甲第一ないし第六号証並びに右尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、請求の原因1(事故の発生)の(一)ないし(四)記載の事実及び左記の事実が認められる。

1  本件交差点は、いずれも平坦でアスフアルト舗装された、東西に通じる道路(幅員約六・六メートル。以下「東西道路」という。)と、南北に通じる道路(幅員は本件交差点の南側は約六・三メートル、北側は約六・五メートル。以下「南北道路」という。)とがほぼ直角に交わる、交通整理の行われていない交差点で、東西道路は中央線(ただし、本件交差点の内部にまでは引かれていない。)により南側の西行車線と北側の東行車線とに区分され、本件交差点の東詰と西詰とにそれぞれ幅約四・〇メートルの横断歩道が設置され、西行車線と東行車線とのそれぞれ右横断歩道の約三・三メートル手前には停止線が引かれていること、南北道路は、道路標識によつて南から北への一方通行の交通規制(ただし、自転車を除く。)がなされており、本件交差点の南側付近は道路西端から約一・〇メートルの間隔で南北に伸びる縁石があり、交差点南詰には一時停止の道路標識と停止線とが設置されていること、東西道路を西進して本件交差点に至る場合の左方の、南北道路を北進して本件交差点に至る場合の右方の、各見通しは良くないこと、なお、本件事故の当時、東西道路、南北道路共に本件交差点付近の最高速度は時速二〇キロメートルに規制されており、付近路面は乾燥していたこと。

2  原告松内は、原告車を運転して東西道路の西行車線を時速約三〇キロメートルで進行し、本件交差点に接近した際、自車左前方に、被告車が前記本件交差点南詰の停止線よりも約一メートル交差点内にはみ出した位置で停止しているのを見たが、自車が先に交差点を通過するのを被告車は待つていてくれるだろうと考えて、そのまま進行を続け、被告車前方を通過しようとしたところ、自車後部に衝撃を感じ、その衝撃のため自車の進路をやや南向きに変えられたままなお約一四・九メートル進行して被害建物に自車左前部を衝突させられ停止したこと。

3  被告は、被告車を運転して南北道路を南から北へ進行し、前項に記載した位置に一時停止したが、原告車が自車前方を通過する際、運転操作を誤つてクラツチをすべらせて自車を急発進させ、よつて、被告車前部を原告車左後部に衝突させ、その衝撃により原告車を前項に記載したように進路を変えさせ、被害建物に衝突するに至らせたこと。

4  本件事故の発生から約六時間後に行われた司法警察員による実況見分の際、本件交差点の付近に本件事故に関連すると考えられるスリツプ痕は認められなかつたこと。

以上の事実が認められ、前記甲第八号証の記載中、立会人被告有光忠昭の指示説明の部分中には、被告は本件交差点南詰の停止線よりも南側に一旦停止した後、発進して約一・七メートル進行したとき自車右前方約二・一メートルの地点付近に原告車を発見し、危険を感じてブレーキをかけたが、なお、約一・五メートル北側に進んで原告車に被告車前部を衝突させた旨の供述部分があるけれども、右供述部分は、同号証の他の記載内容及び原告本人の尋問の結果と比照すると、にわかに信用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  責任原因について

右一(事故の発生について)で認定した事実によると、本件交差点の南詰には一時停止の道路標識と停止線とが設置されていたところ、被告は、原告車が同交差点を東から西へ通過するのを待機するため一時停止するにあたり、被告車を右停止線から約一メートル交差点内部に入りこんだ位置に停止させたこと、被告は、右停止中、被告車のクラツチの操作を誤つて同車を急発進させたため、同車前部を原告車左後部に衝突させ、よつて、本件事故を惹起したものであることが認められる。

ところで、被告が、本件交差点の手前で被告車を停止させるにあたつては、同所南詰の一時停止の道路標識と停止線に従い、右停止線より南側に被告車を停止させるべきであり、また、停止中は、自車前方を通過する原告車との接触を未然に防止するため、被告車の運転装置を正確に操作すべき注意義務を負つていたものといわなければならない。

しかるに、被告は、右注意義務を怠り、被告車を右停止線よりなお約一メートル北側の交差点内部にはみ出した位置に停止させ、しかも、同車前方を原告車がまだ完全には通過するに至つていない時点で、被告車の運転装置の操作を誤り、これを急発進させた過失により、本件事故を惹起したものといわなければならない。

三  損害について

1  訴外会社の損害 九六万五三〇〇円

原告松内本人の尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第三、第四号証、前記検甲第三、第四号証及び右尋問の結果を総合すると、本件事故により、訴外会社は、その所有する被害建物のシヤワー室の外壁に破損を受け、その修理費として九六万五三〇〇円の支出を余儀なくされた事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

したがつて、訴外会社は、本件事故により、少くとも九六万五三〇〇円の損害を受けたものと認めるのが相当である。

2  原告松内の損害

(一)  原告車修理費 四九万一〇〇〇円

原告松内本人の尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第五号証、前記検甲第五、第六号証及び右尋問の結果を総合すると、本件事故により、原告は、その所有する原告車の左前部及び左後部に破損を受け、その修理費として四九万一〇〇〇円の負担を余儀なくされた事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

したがつて、原告は、本件事故により、原告車修理費として少くとも四九万一〇〇〇円の損害を受けたものと認めるのが相当である。

(二)  代車料 五万円

原告松内本人の尋問の結果によると、原告は、本件事故により原告車が破損したため、代車として、友人から約一〇日間にわたり、マツダの軽トラツクを賃借し、代車料として五万円を負担せざるをえなかつた事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

したがつて、原告は、本件事故により、代車料として少くとも五万円の損害を受けたものと認めるのが相当である。

四  過失割合について

前記一(事故の発生について)で認定した事実によると、東西道路は、本件交差点付近の最高速度が時速二〇キロメートルに規制されており、原告松内は原告車を運転して東西道路を西進し、交通整理の行われていない本件交差点に接近したとき、被告車が同交差点南側で停止しているのを見たのであるから、原告松内は、右最高速度の規制に従うとともに、本件交差点手前で適宜減速して進行すべき注意義務があつたものといわなければならない。

しかるに、原告松内は、右注意義務を怠り、規制最高速度を超える時速約三〇キロメートルで原告車を運転して本件交差点を通過進行しようとした過失があり、この過失は、本件事故の発生の一因をなしているものというべきである。

そして、右原告松内の過失のほか前記二(責任原因について)で認定した被告の過失の内容、程度、並びに以上認定のとおりの本件事故の態様その他諸般の事情を併せ考えると、本件事故の原因を構成した過失の割合は、被告が七割五分、原告松内が二割五分と認めるのが相当であるから、被告は、本件事故によつて訴外会社及び原告松内に生じた右三の1、2で認定した各損害の七割五分を賠償すべき責任を負うものというべきである。

よつて、被告は、本件損害賠償として、訴外会社に対し、右三の1の九六万五三〇〇円に二割五分の過失相殺をした七二万三九七五円、原告松内に対し、右三の2の(1)、(2)の合計額五四万一〇〇〇円に二割五分の過失相殺をした四〇万五七五〇円の各支払義務が発生したものというべきである。

五  原告会社による損害填補について

証人岡野泰の証言により真正に成立したものと認める甲第七号証の一、二、前記甲第三号証、右証言及び原告松内本人の尋問の結果を総合すると、請求の原因5(原告会社による損害填補)の(一)記載の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によると、原告会社は、商法六六二条に基づき、昭和五七年七月二九日、訴外会社が被告に対して有する本件事故に基づく損害賠償請求権を、右支払額九六万五三〇〇円を限度として取得したことが認められる。

六  弁護士費用 原告会社 八万円

原告松内 五万円

本件訴訟の経過、以上の認定の認容額その他諸般の事情を斟酌すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として、原告松内に五万円を認めるのが相当である。

また、弁論の全趣旨によると、右五記載の保険金の支払当時、右支払により代位取得された損害賠償請求権の取立てのため、訴訟手続によることが必要であると認められる事情が窺えるので、これに本件訴訟の経過、以上認定の認容額その他諸般の事情を併せ考えると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として、原告会社に八万円を認めるのが相当である。

以上の認定によると、被告は、本件損害賠償として、原告会社に対し、右四で認定した七二万三九七五円及び弁護士費用八万円の合計八〇万三九七五円の、原告松内に対し、右四で認定した四〇万五七五〇円及び弁護士費用五万円の合計四五万五七五〇円の、各支払義務があることになる。

七  結論

よつて、被告は、本件損害賠償として、原告会社に対し、金八〇万三九七五円及び弁護士費用を除く金七二万三九七五円に対する保険金支払日の翌日である昭和五七年七月三〇日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告松内に対し、金四五万五七五〇円及び弁護士費用を除く金四〇万五七五〇円に対する本件事故の日の後である昭和五七年六月二〇日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、各支払義務があるものといわねばならないから原告らの本訴各請求は、右の限度でいずれも理由があるので、その限度で正当としてこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 弓削孟 加藤新太郎 五十嵐常之)

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